ソシオにてメンチュウ一家と夕食

 EUSKO TRENのターミナル駅前にエアソ広場がある。その西側(山側)に建物が並びバルや八百屋など商店が続く。建物が切れる角にバル・ハビエルがある。ハビエルの小路に面した建物の2軒目が私の借りたペンションの入口である。
 バル・ハビエルのオープンテラスにはメンチュウ夫婦と次男イニゴ夫婦と2人の孫がいた。メンチュウ夫婦は良きジジババをやっている。孫の可愛さは国が変わるとも皆同じである。
 遅れて長男のセバスチャン(以後セバと呼ぶ)一杯飲み終わった頃ホセがソシオに行こうと言い出した。ソシオは私の部屋から見下ろす場所にあった。
 奇遇なのはバル・ハビエルの経営者はホセと友達と

 


聞いた。
「ソシオは会員制社交クラブで調理器具、酒、大型エスプレッソ等全て揃い食材のみ持ち込めば料理ができ食事が楽しめる場所である。女性が料理を手伝う事や後片づけする事はご法度である。」
 メンチュウは自宅でソパ・デ・ペスカド(魚介類のスープ)を準備していて温めるだけで、野菜を洗い盛り付けて厚さ3㎝のチュレタ(スペア・リブ)を焼けばよい。

 ニンニクをおおざっぱに切りフライパンに投げ込みオリーブ油を注いでニンニクの香りが立ち始めた頃、チュレタを焼き始める。ほとんどの作業は長男のセバが行う。父親のホセは申し訳程度に前に回ったり後に回ったりして写真を撮る。次男は何もしない。次男のイニゴは仕事をしても給料の遅払いで母メンチュウに無心をしていた。(2012年スペインの経済問題がEU域内で大きな問題となっているが2011年訪問時すでに顕在化していたのである)メンチュウの息子二人とも大学経済学部卒である。
 食事中長男のセバは日本料理の握りずしや刺身が大好物という。刺身は家で作って食べているらしい。
母親のメンチュウ、長男のセバは大の日本好みであるが、夫のホセ、次男のイニゴは魚の生ものは全く駄目である。母親と長男は日本へ旅行したいと言う。
 ポストレ(デザート)の後にカフェに続き食後酒が続く。セバはジントニックを作る名手と言うのでそれを試飲した。その妙味はレモンにあり。レモンの薄皮を剝ぎ、それでグラスの中の氷にレモンの香りを移しさらにグラスの上縁をふく。その後ジンを入れるわけであるが、グラスの中にレモンを入れるのは飾りに過ぎないらしい。

 夏の夜にジントニックを飲みながら月を眺めるのは最高にロマンチックな気分になるらしい。 
 この家族には過去あらゆる面で世話になった事を次から次と思い出す。それをメンチュウに伝えると「その通り」と答える。
 ホセはどこか行きたいのなら車で連れていく。今は年金生活者なので暇は十分にある。私は
 「パエリアが食べられるレストランでもあれば」と問うと
 「日本人もアメリカ人もイギリス人も皆パエジャ・パエジャと言うがそれはスペイン中央部から南のアンダルシア地方に多く料理され北のバスクではあまり食べられない。もし食べたいのなら明日ここでパエジャを作ればよい。セバはパエジャが得意であるから」
 スペインでは「パエリア」とは言わない。パエジャである。
ホセは物知りである。セナが終わるころイケルから電話があり「空手の先生とのセナは土曜日の夜になった。アイスランドの火山活動は週末には終息すると学者が言っている」と聞いた。
 ホセも同じ事を言っていた。
 酒が過ぎた。シャワーを浴びて持参した胃薬をはじめて飲んで寝た。朝の1時を回っていた。

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でかいスペアリブ