「スペインで就職を」回想録  ペドロと会う

4) ペドロ
  ホテルのフロントには、ブロンドの女性とは違う黒髪の女性がいた。
 「貴女が昔のカスティージョに勤めていた人ですか?」
 「そうです」
 「この写真は27年前にここで撮った写真です」
 そう言って写真を見せた。
 「これはネカネです」
 そう付け加えると、見入っていた彼女は
 「AH MADRE MIA」オー・マドレ・ミア
 と叫んだ。その意味を聞くと、「OH MY GOD」と同じ事。
 「ネカネを知っているのですか」
 「知っています。だけどこんな古い写真だからよく解らなかったの」
 「こちらの男性を知っていますか」
 と言ってペドロの写真を見せた。
 「見た事はあるわ」
 「ここへよく来ますか」
 「いいえ、旅行の時一緒だったと思う」
 「電話番号を知りませんか?」
 ペドロのフルネームをホセから聞いていたので、彼女に言うと電話帳をめくって調べてくれたが解らない。明日8時に会社C社に電話を入れたらどうですかとアドバイスをくれた。
 8時半にタクシーを予約していたので30分が勝負だと思った。
 パスポートを受け取り部屋に引き上げた。
 部屋からホセの家に電話を入れた。
 「ペドロの家の電話番号が解らない。教えてくれないか」
 「今必要なのか、調べて後で電話する」
 10分後、ホセから部屋に電話があった。
 「悪いけど解らない、今妻が外出している。明日会社へ電話したら」
 「解った、そうする」
  まあ仕方がないと思った。
  午後8時頃、階下のレストランに下りた。この店の推奨メニューと飲み物を注文した。料理が出るまで壁にかけられた絵をながめる。バスクの美しい山々を油絵で描いたもので、2~3万ペセタの表示を見た。
  料理が運ばれて多すぎる生ハムと格闘していると、フロントの女性がやって来た。  よく聞くと、探している友達が来ているとの事でフロントに向かった。
そこにあまり背が高くない、白髪のスペイン人が1人立っていた。
 「ペドロか?」
 私はそう言って彼の手を握りしめた。ペドロはあまりしゃべらない。
随分と老けたように思った。当時プレイボーイと呼ばれたハンサムなペドロではない。  落着きと貫禄を伴った一種のスペイン人特有の風格が漂っていた。
 急いで食事を終えた私は、ペドロに従ってカフェテリアに移動した。
 何から話し始めたのか覚えていないが、とにかく昔世話になった事の礼を述べた。会えると思っていなかったので土産がない事も断った。
逆に彼は私の訪問に警戒心を抱いていたのかも知れない。
ペドロは日本経済について聞いたので「悪い」と答え、それから自分の計画についてぽつり、ぽつりと話始めた。
 「ここに住んで出来ればC社で働きたい」
 「お前はM社の人間ではないのか」
 「M社は辞めた。私はM社で課長クラスの仕事をしていた」
 ペドロは自分もCHIEF ENGINEER OF ・・・・CONTROLをしていると言ったがC社の組織はよく解らない。おそらく自分と同じくらいの役職かと思った。
  [お前はC社とコンタクトしたのか]
  私は今声が充分でないことの説明をし、4月に再手術をする。それからにしたい。
 さらに今年の11月からスペインの学校で半年間スペイン語を学ぶこと、その後C社とコンタクトをとりたい。
 「誰に申し込んだらよいか教えてほしい」
と頼んだ。ペドロはうなずいて
 「明日会社に来るか」
 「明日は無理だ」
 私はまだ会社幹部と会う心の準備をしてなかった。ペドロと会えただけで満足だった。急ぐつもりはない。会社を辞めてまだ2か月余りしか経過してない。もう少し、ゆっくり夢をみて現実の世界から遠ざかっていたかった。
 前の会社の年収を言うと、ペドロも彼の額も答えた。私の年収の半額にも満たない。C社の製作コストが低い理由はこれだと言う。確かにそうだろう。しかし日本は全ての物価が高い。これでは日本が国際入札で勝利するのは難しくなる時代が近いと思った。
 お互いに結婚した事も、子供がいる事も話題になった。私は2人の子供がまだ学生で苦しい事を語った。ペドロによれば、スペインでは18歳までの子供の教育費は不要だが、大学には相当金が必要だとのことだった。
 彼には14歳になる女の子がいる。結婚が遅く42歳の時だったらしい。
 夫人はポルトガル人でC社で働いていた助産婦だった。
 カフェテリアは暖房があまり効いていない。寒くなったのでセータを取りに部屋に戻った。
 時計を気にするペドロに「もう帰るか」と聞くと「まだ良い」
 との返事。まだ聞きたい事がたくさんあったが、もうペドロを帰そうと思った。
 「今日はありがとう、また、夏に妻を連れてくるよ」
 3時間はあっという間に過ぎ、ペドロを駐車場まで送った。
 「明日の出発は何時だ」
 「8時半」
 そんな会話をしながら、もう一度握手をした。外は小雨が降っていた。
 ペドロは車の中から手を振り、東側の道路に消えた。